南方記念館建設之碑 昭和4年6月1日天皇陛下行幸のさい、本県が生んだ世界的大学者南方熊楠翁は 、田辺湾内神島のご案内役を勤め又御召艦上で生物学について御進講申し上げた。 神島には 「一枝も心して吹け沖つ風 わが天皇のめてましし森そ」との翁赤誠の歌碑がある。 その後、昭和37年昭和天皇は再び当地へ行幸の際往時をご回想になり 、今はなき南方翁追懐の御歌をお詠みあそばされた。 五戸等県民はこの君臣水魚の誉と南方翁の偉大なる業績を永遠に遺さんとし 、風光絶佳しかも昭和天皇陛下の御思出深き神島を指呼の間に望む 、この地を選び義宮陛下の御鍬入れを賜り総工費3,600万円を投じて昭和40年3月この記念館を完成。 御製碑と両々相まって不朽の記念とした。 |
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建立 昭和40年4月 理事長 和歌山県知事 小野 真次 発起人 瀬戸部長 浦 政 吉 常務理事 番所山植物園長 榎本 林作 |
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